愛知トリエンナーレ2013ー納屋橋会場&ちょっと

名和 晃平

この日は愛知芸術文化センターから始まって名古屋駅を目指すルートで、ここら辺一体の会場を回るつもりでいた。
愛知芸術文化センターから長者町、名古屋市美術館、納屋橋と順に周り、名古屋駅から帰るような計画を立てていたのだ。
愛知芸術文化センターに着いたのは昼前、長者町を見終わると昼の3時を回ってほとんど4時、夕方がもうそこまで来ていた。

はっきりと疲労感と空腹を感じる。
とにかくご飯を食べたい。
しかし食べたら、残り2会場は回れない。

仕方ない、名古屋市美術館は今回はやめよう。
断腸の思いで決断した。

ということで早速台湾ラーメンを食べ、腹ごしらえをし、納屋橋会場を目指した。
とはいっても台湾ラーメンのお店から納屋橋会場に行くまでに名古屋市美術館も通るため、目の前は通ることにする。
すると、目の前にも作品が置かれていた。
車だ。
前回は草間彌生がやってたやつだ!
今回は長者町で大活躍の横山裕一がペイントしていた。

横山 裕一カー

横山 裕一カー

こういうのもいいなぁ、と思った。
近くを通ってよかったと思った。

横山 裕一カー

横山 裕一カー

ちなみに近くで見たのでわかったが、これは直接プリントしているわけではなく、ステッカーで持って絵柄を再現しているようだ。

日も暮れて、6時が近くなってきた頃、漸く目当ての会場に到着した。
実はここは今回、全エリアの中で最も期待していたのだ。
とくに片山真理という作家にすごく興味を持っている。
トーキングヘッズという雑誌や、友人が活動で接点があり、多大な興味を持っていた。

納屋橋会場は何よりまともな展示、という感じがした。
完成度がそれぞれ高く、愛知芸術文化センターとはまた趣が違った。
展示の内容的に最も満足のいったエリアだった。

展示内容は様々な試み、機械式の植物や仕掛けのある立体、写真、インスタレーションなど多岐に渡り、どれもがしっかりと考えられ、その上で丁寧に作られた作品であるのだな、と思った。

池田 剛介

池田 剛介

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ここで特筆したい作品は3つ。
まずは最上階にこの会場中最大の規模で行われた名和晃平のインスタレーションである。

この会場が案外面白く、愚図愚図見て回っていた自分に、係員が、上のフロアに行ったかどうか、行ってないなら早く行けと急かしてくる。
さすが大家、名和晃平と言ったところか。
地味に今回、期待していた作家ではあった。まず、クリスタルで作られた作品はあまりにも有名だし、この愛知トリエンナーレの中でも、オノ・ヨーコについで名前の大きい作家であったからだ。

そういえばそうだ、見なければいけないと思って足早に向かった。
やられた。
すごくいい!
くらいフロアに砂利が敷かれ、わけのわからないでかい泡がほとんどフロアを占拠している。

名和 晃平

名和 晃平

デタラメだな、と思う。
意味はわからないが、綺麗だし面白い。
興奮気味に予想外の時間をかけて、泡の周りを一周した。

片山 真理

片山 真理

 

次に感銘を受けたのは前述した片山真理だ。

今回は本人の部屋をできる限り再現したインスタレーションだった。

彼女には、足がない。
ないけれど、義足という無限の可能性をつけたポートレイトが、彼女の代表的な作品になっている。
何と無く、昔の自分のイラストや考えを体現しているような気がして、気になっていた。
本人の前では言いたくないし、モラルとか、そういう問題にしたくないが、ないからこそ美しかったり、自由なものを取り付ける可能性があるのだと、思っている。

途中にある本人作の絵が面白いかは置いておいて、部屋は想像通りの世界を持っていた。

 

片山 真理

片山 真理

片山 真理

片山 真理

ゴスロリとか、そういうものに通ずる世界。
想像していた通りだなと思った。

想像を超えていたのは、壁一面に並べられた瓶だった。
毎日毎日、その日に気になったものを便に詰め、そこに油を注いで保管し、それらを並べ、壁を作っていた。
悔しいなぁ、と思った。

片山 真理

片山 真理

片山 真理

片山 真理

熱心に見ていると、スタッフの人が話しかけてくる。片山真理さんがここでライブをしたこと、すごく素敵な人だったこと、などなど、完全にフリークスになっていた。
自分だって会いたい。
適当な相槌を打ちながら、感嘆していた。

そしてこの日、最も感動したのは予期せぬ作品だった。
映像作品で、画像もないが、一番感動したし、震えた。
四角の部屋で、それぞれの面に順番に映像が映し出される。
最初は黒人がプールの水面を叩いたりしながらリズムを作っていた。
そのリズムに、つい夢中になって見入ってしまった。
次に登場したのは、目の見えないキーボードを担いで電車に乗る白人の人。
最初はちょっと見て出るつもりだった。
だけど、目が離せなくなってしまった。

その人はキーボードを弾いて、歌う。
周りの人はほとんどその存在が見えないかのように振舞っている。
電車のドアがあき、人が降りる。そしてまた乗ってくる。
その人はずっと歌っている。
泣きそうになった。
何を歌っているのかわからないし、何を伝えたいかはわからないけれど。

揺さぶられた。
ずっと聞いていたいと思った。

全ての会場は、回ることができなかったけれど、満足感とともに帰路に着くことができた。
帰り道、名古屋駅までの道を歩きながら連れと合唱曲を歌った。

本当は今回の愛知トリエンナーレに、期待などしていなかった。
ただ、やるなら見ようという思いで行ったのだ。

実際、行って良かったと思っている。
というより、素敵なものが観れてよかったと思っている。

夜、七時半発のバスで大阪に帰る。
少し急ぎ足で駅に向かった。