線と点ー三日坊主とお腹の調子について

今回で書き始めて3話目、そろそろめんどくさくなってきたころである。
〜である、という結びはなんとなく評論とか、そういうのを連想させるから、あんまり好きでない。
好きではないけど、なんだか使ってしまった。もう少し、適当なものがありそうなものだけど、今の自分の頭では適当な言葉が思いつかず、泣く泣く、〜である、なんて偉そうな言葉で文を終わらせることになってしまったのだ。

つまり、3話目にして書きたいことがないのだ。

というより、元々書きたいことがあったかと言われると、そんなことはない。
書きたいことなんてないけれど、それでも文章を書くという作業が、最近、弛みきった自分の頭を少しでも若返らせてくれるのではないかと思って、書き始めたのだ。
そろそろ辞めたくなってきた。
でもこういうのは自分との戦いだ。
今年は『勝つ』と決めたのだ。
今年の目標は『勝つ』まずは自分に勝たねばならぬ。

しかしながら今にして思えば、この『勝つ』という甚だ漠然とした目標は、いい意味でいろんなものに引っかかってくる。
例えばこんな風な文章でもそうだし、はたまた、あの何か公募に応募する時、何かの企画、果てはじゃんけんなどの小競り合いに関しても、とにかく今年は勝つことを目標にしなければならなくなった。

今年はもう、4ヶ月過ぎているが、勝敗に関しては、それでもある程度勝てているような気がする。気がするだけで、細かく勝ち負けなんかを気にしてはいないので、結局、漠然とした感覚で測っているだけに過ぎないけれど。

突如話は変わるけど、とにかく、自分はトイレに行く回数が異様に多い。
日に2回も3回も行く。
朝夕晩と言った感じで、何をこんなに排出するものがあるのだろうと、不思議にすら思う。
そのせいで、自分は慢性的な痔を患っている。

それはそうだ。
人が日に1回で済ませるものを、2回も3回も執拗に行って、その度毎に神経質になっていたら、それは、痔になる。
自明の理だ。

だけれど、これは殆ど習慣というか、そういうようなもので、できるだけ少しでもその雰囲気を感ずることがあれば、不安になる前に済ませてしまいたいのだ。

でもどこでもいいというわけではない。
自分はよく犬に似ていると言われるけれど、犬だって案外に神経質なものなのだ。

まず、知っている人が扉越しにいたりする場所では無理だ。
そうでなくても、壁越しに音が貫通するような環境では、様々の不安が募って満足にはできない。
また、清潔でないと、嫌だ。
できれば洋式がいい。
和式での長期戦は、どうにも足腰に負担がかかりすぎる。

ここまで書いて、一体自分は何を書いているのだろうと思い始めた。
わけがわからない。
如何に書くことがないと雖も、こんなことを真面目に書いたとて、考えがまとまるとか、そういうことは絶対にない。

兎にも角にも、落ち着いた環境でしたいのだ。
終わり。